TSUYOMI研究コラム 35
1.問いの提示
ダイナミック・ケイパビリティとTSUYOMIの差異を通じて、TSUYOMI概念を精緻化することを目的としています。
前回は、企業を「能力の束」として捉える見方と、「判断の地層」として捉える見方の違いを整理しました。
本稿では、能力概念が説明できる範囲と、その限界について検討します。
能力概念は、企業の変化をどこまで説明できるのでしょうか。
2.通説の整理
ダイナミック・ケイパビリティ論では、企業が変化環境に適応できるかどうかは、再編能力の有無によって説明されます。
センシング、シージング、トランスフォーミングという三つの機能は、変化に対応するための行為可能性を示します。
この枠組みは、行為の水準においては有効です。
- なぜある企業は迅速に再編できるのか。
- なぜ別の企業は変化に乗り遅れるのか。
これらの問いに対して、能力の差異という説明は一定の説得力を持ちます。
能力は測定可能であり、強化可能であるという前提に立つことで、実務的示唆も導きやすくなります。
3.TSUYOMIからの再定義
しかし、TSUYOMIの立場から見ると、別の問いが浮かび上がります。
それは、
なぜ再編の必要性そのものが認識されない場合があるのでしょうか。
能力が存在しても、発動されないことがあります。
再編できるだけの資源や知識を持ちながら、現状維持が選択される場合があります。
この現象は、能力の不足というよりも、判断の偏りによって説明できる可能性があります。
TSUYOMIは、判断生成構造として、どの方向に判断が傾きやすいかという傾向を扱います。
整理すると、
- 能力は「できるかどうか」を説明します。
- TSUYOMIは「なぜそれを選ぶのか、あるいは選ばないのか」を説明します。
能力概念は行為の可否を扱いますが、行為の選択基準そのものを十分には説明しません。
ここに能力概念の限界があると、現時点では考えます。
4.実務への含意
実務においては、能力強化の施策が多く取られます。
しかし、能力が十分に備わっていても、判断の方向が固定化していれば、変化は起こりにくくなります。
SmallBizでは、経営者の成功体験や価値観が強く作用します。
能力があるにもかかわらず、過去の成功モデルに依拠し続ける場合、再編は選択されません。
したがって、実務においては、能力の有無だけでなく、判断生成構造の理解が不可欠になります。
能力を高める施策と、判断の偏りを可視化する取り組みは、異なる次元に属するものと考えられます。
5.未解決点の提示
本稿では、能力概念が説明できる範囲と、その限界を整理しました。
しかし、次の問いが残ります。
- 能力の反復は、判断の偏りを強化するのでしょうか。
- 判断生成構造は、どのような契機で変化するのでしょうか。
- 能力と構造は、どのように相互作用するのでしょうか。
これらの点は、今後の検討課題です。
次回は、成功体験と硬直化の関係を手がかりに、能力と判断構造の相互作用をさらに検討します。