TSUYOMI研究コラム 45


1. 問いの提示

経営における判断の偏りは、単なる個人の「性格」に由来するものなのでしょうか。

「経営の利き手」という比喩は、心理学の分野でも性格特性を説明する際に用いられることがあります。しかし、実務家が日々下す決断の積み重ねを、単なる個人の気質のみに帰結させることには慎重であるべきだと考えます。経営判断において、個人の生得的な傾向と、組織が歩んできた不可逆的な「時間軸」はどのように交差しているのか、その構造を整理します。

2. 通説の整理

心理学やコーチングの領域、特にユングのタイプ論をベースとしたMBTIなどの性格検査では、人間には「感覚・直感・思考・感情」といった心理機能において、無意識に優先して使ってしまう「心の利き手」があると考えられています。

この通説によれば、人は自らの利き手(優勢機能)を使うとき、最もエネルギー効率が良く、高いパフォーマンスを発揮できるとされます。逆に、利き手ではない機能を無理に使うことは、精神的な疲弊を招く要因として説明されます。これは個人の自己理解やチームビルディングにおける相互理解を助ける有効な枠組みとして広く普及しています。

3. TSUYOMIからの再定義

TSUYOMIの視点から再定義を試みると、「経営の利き手」は個人の心理的特性に留まらず、「過去の経営判断の堆積(不可逆的な歴史)」を含めた概念として捉えられます。

一般的な性格診断が「今、ここにある個人の資質」を静的に切り取るのに対し、経営における偏りは、特定の市場環境で勝ち抜いてきた経験や、危機を乗り越えた際の意思決定の記憶によって強化されます。つまり、経営者の資質(生得的な偏り)が、組織の歩み(後天的な偏り)と溶け合い、分かちがたく結晶化したものが「経営の利き手」の本質なのです。これは単なる性格の傾向ではなく、組織がその歴史の中で選び取ってきた「生存のための構え」であると考えられます。

4. 実務への含意

この捉え方は、経営承継や組織変革の場面で重要な示唆を与えます。

経営者の交代において、後継者が前任者と同じ「心の利き手」を持っているとは限りません。しかし、組織には前任者が築いた「歴史としての利き手」が色濃く残っています。

実務においては、自分自身の資質としての利き手と、組織がこれまでの成功体験を通じて獲得してきた利き手の「ズレ」を客観的に観察することが求められます。このズレを「埋めるべき欠陥」と見るのではなく、新たなTSUYOMIを形成するための「構造的な摩擦」として活用することで、組織は歴史を否定せずに進化する道を見出すことが可能になると考えられます。

5. 未解決点の提示

個人の資質としての利き手と、組織の歴史が形成した利き手が激しく衝突した場合、どちらがより強固に意思決定を支配するのかについては、まだ十分な知見が得られていません。

また、歴史によって固定化された利き手を、組織文化の連続性を保ちながらどのように柔軟に組み替えていけるのか、その具体的な「脱学習(アンラーニング)」のプロセスについては、次回の「ドミナント・ロジック」の検討を通じて深めていく必要があります。

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