TSUYOMI研究コラム 19

1.問いの提示

緻密に策定された経営計画書や戦略マップが、現場の判断に影響を及ぼさず、形骸化してしまうのはなぜでしょうか。

多くのSmallBizにおいて、経営者が意図した戦略的な方向性と、日々の意思決定の集積との間には、目に見えない断絶が存在します。計画書が「意図された未来」を描くものであるならば、日々の判断を背後で拘束している「現在進行形のルール」とは何なのでしょうか。

本稿では、文字に書かれた戦略を無効化する、無意識の判断基準について検討します。

2.通説の整理

計画と実行の乖離については、戦略実行力(エグゼキューション)の不足として論じられることが一般的です。

具体的には、リソースの配分ミスや、現場への落とし込みの不備、あるいは環境変化への対応の遅れなどが理由に挙げられます。これらの処方箋としては、進捗管理の徹底や、より詳細なアクションプランの作成が推奨されます。

しかし、これらの議論は「計画が正しい」という前提に立っており、計画を阻害している「判断のOS」そのものの仕様には光が当てられません。

3.TSUYOMIからの再定義

アージリスは、人の行動を支配する変数を「ガバニング・バリアブル(統治変数)」と呼びました。これは行動の結果が許容範囲内に収まるよう、無意識に調整を行う「判断の基準」です。

TSUYOMIは、このガバニング・バリアブルが地層のように積み重なり、構造化したものです。文字に書かれた経営計画が「理想のアプリケーション」だとすれば、TSUYOMIはそれを実行する「実務OS」に相当します。

OSの設計(TSUYOMI)が「短期的な資金繰りの安定」を最優先の統治変数としている場合、どれほど「長期的な研究開発」を計画書に書き込んでも、実際の判断の場面ではOSによってその実行が拒絶されます。計画が機能しないのは、実行力の問題ではなく、OSの仕様とアプリケーションの要求が根本的に適合していないためであると考えられます。

4.実務への含意

実務において重要なのは、戦略を「描く」こと以上に、自社の「判断のOS(TSUYOMI)」の仕様を正しく理解することです。

経営計画を機能させるためには、計画をOSに合わせるか、あるいはOSそのものを書き換える(再編する)かの二択しかありません。現在のTSUYOMIがどのような統治変数によって成り立っているのかを観測せずに、流行の戦略を導入することは、動作環境を満たさないソフトウェアを無理にインストールしようとする行為に等しいと言えます。

自社の判断を背後で統治している「真のルール」を言語化することが、計画と実務を接続するための不可欠なステップとなります。

5.未解決点の提示

自身のガバニング・バリアブル、すなわちTSUYOMIの核となる変数を特定することは容易ではありません。

それは経営者にとっての「当たり前」であり、水の中にいる魚が水に気づかないのと同様の難しさがあるからです。この「透明なルール」を外部から、あるいはシステム的に可視化するための「インターフェース」の設計については、継続的な研究が求められます。

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