TSUYOMI研究コラム 18

1.問いの提示

経営者が自らの経営方針を語る際、その言葉と実際に下された判断との間に、小さからぬ乖離が見られることがあります。

例えば、「我が社は挑戦を尊ぶ」と掲げながらも、実務の現場では、過去の成功パターンの踏襲や、リスクの最小化が優先されるといった現象です。これは単なる「言行不一致」や「意思の弱さ」によるものなのでしょうか。あるいは、経営者の認識が及ばない領域に、判断を司る別の構造が存在しているのでしょうか。

本稿では、経営者が自覚している「言葉」と、無意識に積み重なった「判断の構造」の関係について検討します。

2.通説の整理

一般に、言葉と行動の不一致は、マネジメントの不徹底や、計画の具体性の欠如として整理されます。

「理念が浸透していない」「KPIの設定が不適切である」といった指摘は、その代表的なものです。これらの解決策としては、コミュニケーションの頻度を高めることや、評価制度を厳格化すること、あるいは経営者自身の「マインドセットの変革」といった手法が提示される傾向にあります。

しかし、これらのアプローチの多くは、乖離の原因を「伝達の技術」や「個人の意識」に求めており、判断を生み出す背景的な構造そのものへの言及は限定的です。

3.TSUYOMIからの再定義

クリス・アージリスは、人間には二種類の「行動の理論」があると指摘しました。一つは、自分が従っていると信じ、他者に説明する際に用いる「公刊理論(標榜する理論)」です。そしてもう一つは、実際の行動を支配している、本人も無意識なルールである「使用理論」です。

TSUYOMIの視点からこの概念を捉え直すと、TSUYOMIとはまさに、経営者の中に長年かけて堆積した「使用理論」の結晶であると考えられます。

経営者が語る「挑戦」という言葉が公刊理論であるならば、日々の微細な選択において「失敗を避ける」という判断を無意識に選ばせる地層がTSUYOMIです。TSUYOMIは、経営者が過去に下してきた「引き返せない判断」の積み重ねによって形成されています。この地層は、もはや単なる「考え方」ではなく、情報を処理し、結論を導き出すための「実務OS」として機能しています。

4.実務への含意

実務における重要な示唆は、経営者が「自社の強み」として語る言葉の背後に、それとは異なる、あるいはそれを制約するTSUYOMIが潜んでいる可能性を認めることにあります。

自社の判断を一貫させているのは、経営計画書に記された美しい言葉ではなく、意識下に堆積した「判断の地層」です。この地層を無視したまま新しい戦略を上書きしようとすることは、OSの仕様を無視して未対応のアプリケーションを動かそうとする試みに似ています。

まずは、自身の言葉(公刊理論)ではなく、過去の判断の軌跡(使用理論としてのTSUYOMI)を、一つの客観的な事実として静かに観測することから、真の経営的省察が始まると考えられます。

5.未解決点の提示

経営者が、自らの「使用理論」としてのTSUYOMIを直視することは、時に過去の自分を否定するような痛みを伴う作業となります。

この心理的な防衛を最小限に抑えつつ、OSの仕様を冷静に把握するための観測手法は、どのような設計であるべきでしょうか。TSUYOMIという地層を活かしながら、公刊理論との乖離を埋めていくための具体的な接続点については、さらなる論証が必要です。

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