TSUYOMI研究コラム 46

1. 問いの提示

組織に深く根付いた「思考の枠組み」を、どのようにして変容させることができるでしょうか。

過去の成功体験から形成された意思決定のパターンは、組織に安定をもたらす一方で、環境変化への適応を阻む「見えない壁」となることがあります。この強固な論理を、抽象的な理論としてではなく、実務者が手触り感を持って扱える概念へと変換する必要があります。本稿では、経営学的な知見を「経営の利き手」という比喩で捉え直すことの有効性を検討します。

2. 通説の整理

経営学において、C.K.プラハラードとR.A.ベティスが提唱した「ドミナント・ロジック(Dominant Logic)」という概念があります。

これは、多角化した企業において、過去に成功を収めた事業で培われた「情報の捉え方」や「資源配分の優先順位」が、組織全体の意思決定を支配する現象を指します。このロジックは、組織の効率性を高める強力な武器となりますが、異なる論理が必要な新事業においては、判断を誤らせるバイアスとして機能することが指摘されています。

余談ですが、「ドミナント・ロジック」を検索すると、検索結果に「サービス・ドミナント・ロジック(SDL)」しか示されません。これは、「ドミナント・ロジック」が、ダイナミック・ケイパビリティの「微視的基礎(黒子)」に組み込まれ、変革を阻む「成功体験の呪縛(負の側面)」として強調され、さらにマーケティングの「SDL」と混同されたことで、戦略論としての独立性が埋没した結果です。

3. TSUYOMIからの再定義

TSUYOMIの視点では、このドミナント・ロジックを「組織の歴史が作り上げた、巨大な経営の利き手」として再定義します。

「ロジック(論理)」という言葉は、それが客観的で正しいものであるかのような印象を与え、批判や変更を難しくさせる側面があります。しかし、これを「利き手」という身体的なメタファーに置き換えることで、その性質は「正しい・正しくない」という二元論から、「使い慣れている・使い慣れていない」という価値中立的な特性へと移行します。

TSUYOMIとは、自覚されないままに使われている利き手のようなものであり、その存在を認めることは、組織のアイデンティティを否定することではなく、その固有の「型」を認識することに他なりません。

4. 実務への含意

この再定義は、組織変革における「解凍」のプロセスを容易にします。

抽象的な論理の是非を議論すると感情的な対立を招きやすいですが、「我々の組織は、歴史的に右利きの判断を得意としてきた」と身体的に捉えることで、冷静な現状把握が可能になります。

実務においては、既存の利き手を無理に矯正して「両利き」を目指すのではなく、まずは自らの利き手を「自覚」し、その偏りが生む死角を補うための「補助具」や「外部の視点」を設計することが現実的です。自らの偏り(TSUYOMI)を肯定的に受け入れることが、結果として、新しい論理を取り入れるための心理的な余白を生み出すことにつながります。

5. 未解決点の提示

「経営の利き手」という比喩が、どこまで複雑な組織現象を説明し得るのかについては、今後の実践を通じた検証が必要です。

また、組織が直面する危機的状況において、長年使い込んできた「利き手」を一時的に封印し、あえて「逆の手」を使うための具体的なトリガーや、その際の心理的負荷を軽減するための手法についても、本研究室における継続的な検討課題といたします。

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