TSUYOMI研究コラム 44
1. 問いの提示
経営における「意思決定の偏り」を、どのように捉えるべきでしょうか。 組織が持続的に成長するためには、既存事業の深化と新規事業の探索を両立させる必要があるとされています。しかし、実際の経営現場では、どちらか一方に無意識の比重がかかり、戦略的な意図とは裏腹に判断が片寄ってしまう現象が散見されます。この「選んでしまう」という身体的な感覚に近い偏りを、本稿では暫定的に「経営の利き手」と呼び、その構造を検討します。
2. 通説の整理
現代の経営学において、この問題に対する有力な解答の一つが、チャールズ・オライリー教授らが提唱した「両利きの経営(Ambidextrous Management)」です。 この理論では、成熟事業における効率性の追求(知の深化)と、未知の領域におけるイノベーションの追求(知の探索)を、組織内で高い次元で両立させることの重要性が説かれています。これは、変化の激しい環境下で企業が生き残るための必須条件として、多くの実務家に受け入れられています。
3. TSUYOMIからの再定義
TSUYOMIの視点からこの通説を捉え直すと、「両利きの経営」は主に組織の「機能」や「戦略的ポートフォリオ」に焦点を当てた議論であると考えられます。 一方で、「経営の利き手」は、それ以前のレイヤーである経営者や組織の「認知的OS」に深く関わっています。
右利きか左利きかという身体的な特徴が、どちらが良いという優劣の問題ではないのと同様に、経営における判断の偏りもまた、価値中立的な特性です。TSUYOMI(中立的な偏り)として「経営の利き手」を定義するならば、それは「何をすべきか」という戦略の二択ではなく、「どうしてもこちら側から世界を見てしまう」という、不可逆的な歴史の堆積に伴う意思決定の癖であると整理できます。
4. 実務への含意
この視点は、実務において「矯正」から「自覚と配置」への転換を促します。
自らの利き手に逆らって「両利き」になろうと無理な矯正を試みることは、意思決定のスピードを鈍らせ、組織に過度なストレスを与える可能性があります。 むしろ、自らの「経営の利き手」がどちらに振れているのかを客観的に観察し、その偏りを前提としたチームビルディングを行うことが現実的です。たとえば、深化に偏る利き手を持つ経営者が、探索の利き手を持つパートナーを意図的に配することで、組織全体としての「両利き」を擬似的に実現するというアプローチが考えられます。
5. 未解決点の提示
現時点では、この「経営の利き手」が、経営者の個人的な資質によるものか、あるいは組織が歩んできた成功体験による事後的な構築物であるのかについては、さらなる議論の余地が残されています。 また、個人の利き手とは異なり、組織における「利き手」が環境の変化に応じて緩やかに移行し得るのか、あるいは固定的なものであるのかについても、今後の研究課題といたします。